2012年5月15日火曜日

治癒への道: ストレス


 宮地尚子の「トラウマの医療人類学」には、子どものトラウマの半世紀後の影響を疫学調査したFelittiらのACE研究が紹介されている。

  

 ACEとは"The Adverse Childhood Experience"の略で「逆境的小児期体験」のこと。このうちFelittiらは生後18年間の、身体的、心理的、性的虐待の3つの他、5つの家庭機能不全(生育家庭において、服役中の人がいた、母親が暴力をふるわれていた、アルコールや薬物乱用者がいた、慢性的にうつ状態か精神疾患をわずらっていたか自殺の危険のある人がいた、理由は何であれ親を失った)の8つの項目について調査を行い、小児期のトラウマが、大人になってからのさまざまな疾患の罹患やリスク行動と有意な関連性を持っていることを示した。

   

 ACEスコア(ACEの8つの項目のうち経験したものの数)と慢性肺疾患、虚血性心疾患、癌、糖尿病などの身体疾患、運動不足、肥満、喫煙、50人以上との性行為などといった本人の健康に害となるリスク行動、アルコール依存、薬物依存、うつ、自殺企図などが量反応関係をもって連動している。    

   

 ACEの影響は行動や身体レベルに確実に蓄積していく。宮地尚子は「生きづらさを抱えながら大人になり、アルコール依存などの問題を抱えた人間が、自己の生きづらさの原因を生育家庭に求める図式、つまりアダルトチルドレンという概念は、被害者としての大げさな物言いでも、被害妄想でもなく、起きている現象をありのままに伝えていた」と、ACE研究から結論付けて良いのではと述べている。

 

 


赤ちゃんの分離不安

  ACEは一つだけではなく重複して経験する可能性が高い。親がアルコール依存であれば他に全く家庭機能不全も虐待もないということは珍しい。例えば、酒乱の父が母親に暴力を振るうのを子ども時代目撃していたとか。

 

 

   

 最近の合衆国での全国コモビディティ重複調査研究(NCS-R)による小児期と成人の精神疾患との関連の報告では、CA(childhood adversity: 小児期の逆境)どうしの関連性や、CAの重複と精神疾患の発症や持続について論じられている。

   

   

Childhood Adversities and Adult Psychiatric Disorders in the National Comorbidity Survey Replication Ⅰ: Associations With First Onset of DSM-Ⅳ Disorders

Arch Gen Psychiatry. 2010 Feb;67(2):113-23.

      

Childhood Adversities and Adult Psychiatric Disorders in the National Comorbidity Survey Replication Ⅱ: Associations With Persistence of DSM-Ⅳ Disorders

Arch Gen Psychiatry. 2010 Feb;67(2):124-32.

 

 

 

 対面調査を行った5692人について気分障害、不安障害、破壊的行動障害(ADHDや行為障害など)、物質使用障害(アルコール依存や薬物乱用)に含まれる20の精神疾患うちいずれかを発症とCAとの関連について調べられた。驚くべきことに、精神疾患を発症した者の50%以上が少なくとも1つのCA(小児期の逆境)を経験していた。両親の離婚(17.5%)、家庭内暴力(14.0%)、家庭内の経済的困窮(10.6%)、親の精神疾患(10.3%)などである。精神疾患の患者さんにとってCAは珍しいことではないということだろう。

  


色覚異常の赤ちゃん

 

 また、CA同士の重複も珍しくはない。特にネグレクト(親の養育放棄)の95.1%は他のCAを伴っていた。CA同士の関連性を調べるために、この論文では四分相関係数の因子分析という統計処理を行っている。有意な3因子が抽出されたが、第1因子については親の精神疾患、親の物質乱用、親の犯罪、DV、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(養育放棄)の7つのCAについて高い相関性が認められた。第1因子と高い相関性を示した、この7つのCAは家庭機能不全(MFF: maladaptive family functioning)を意味している。

   

   

 2変量モデルでは精神疾患の初回発症と1つのCA(親の死)を除いたすべてのCAが有意に関連していた。特にMFFCAのオッズ比は1.5~1.9であり、MFF以外のCA(親の死、離婚、親との別離、経済的困窮)のオッズ比の1.0~1.5に比べ高いものであった。MFFはCAの中でも特に精神疾患の発症と関わりが深いのだろう。多変量モデルでは2変量モデルに比べ全般的にオッズ比は幾分下がったものの、MFFCAのオッズ比が高いという同様の傾向がみられ、また、併存するCAの数が増えれば増えるほどオッズ比は高くなった。個別の精神疾患の発症とCAの関連性についてもMFFCAのオッズ比が高い傾向は一貫していた。

  


便秘の管理について。看護研究論文

 しばしばCAは群化する。特にネグレクトの95%以上が他のCAを併存していた。独立しているようなCAでも、たいていのケースでは少なくとも1つのCAを併存していた。従来の研究では単独のCAのみに焦点をあてた解析を行っていたため、個々のCAの精神疾患に対する影響を誇張してしまっている。この研究では、もっと洞察的な分析を行っており、ネグレクトはそれ自体が高い精神疾患発症のリスクを作りだすというよりは、ことさら多くの他の比較対照されないCAを伴っているため、発症のリスクが高いように見えると考察している。多くのCAにさらされた小児に対し単一のCAのみに注目した介入は意味をなさないということか。

  

 またCAは精神疾患の持続にはほとんど影響を及ぼさない。疾患の2次予防はCAに対してはこれもまた無意味なのだろうか。

   

  


 私が関わらせていただいた患者さんの中のたくさんの方が子ども時代MFFCAにさらされ辛い経験をしてきた。彼ら彼女らは生きるすべを持たないまだ小さい子供であるがゆえ、極度の不安緊張を強いられてきた。おそらく子どものときから心身の緊張が強く、自律神経系の機能障害を起こしていたのではと思う。長年、そのような状態であったため、大人になってから、不安・緊張や自律神経系の不調が今、自分に存在していることを自覚できない。本来であればとても辛い状態なのに、それを当たり前のことだと思っている方が多い。発症前も、よくよく聞くと、数年前や数か月前から、浅眠、易疲労性、機能性胃腸障害、ドライアイ、ドライマウス、歯周病、顎関節の不調、めまい、耳鳴り、冷え症、肩こり・腰痛、頭痛などの非特� �的症状が出現している。これらは慢性的な内因性・外因性ストレッサーによる、交感神経の亢進が関連しているのだろう。もちろんHPA axisも機能障害を起こしているだろう。発症後、治療により不安が和らいだり、身体の緊張が取れたり、自分にとって心地よい感じを味わったりすることで、はじめて今まで自分がどんなに心身共に辛かったかを知る。このように心と身体の認知を修正することで、初めて患者さんは自分に優しく出来るようになる。

   

   


 ネグレクトや身体的虐待を受けた子どもが、大人になり母親になるとき、自己肯定感が低いため、「理想化した母親像」をモデルにするしかなく、それに苦しめられる。母親や自分を許すという課題を抱えることもある。自分の母親と自分の子供、それぞれに対する葛藤をかかえた患者さんに、超自我転移を向けられたとき、治療の中での許容体験が、患者さんの自己肯定感を自ら高めていくきっかけになってくれればと願う。



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